2011/03

当院の受け付けに、張り紙をさせて頂いております。

DSC05841.JPG  DSC05840.JPG

現在、関東地方で計画停電を行うなどの処置がとられているため、

当院でも節電を心がけております。

私には来ていませんが、

私の家族に節電を呼び掛けるチェーンメールが送られてきました。

これ自体は信憑性のないものであると発表され、

電力会社でも節電を呼び掛ける発表は行っていないようです。

ですが、今回の地震・津波による被害地の現状と、

計画停電により不便を強いられている関東地方のことを考えると、

「こちらは関係ないから。」といってはいられないと感じています。

トラブルで電力の供給不足が発生した際、

余力のある会社から送電を受けられるよう、

電力会社間は送電線のネットワークがつながっているそうです。

この電力のやり取りを、「相互融通」といいます。

しかし、東日本と西日本では、

東では50Hz(ヘルツ)、西では60Hzと交流電源の周波数が異なるため、

西で余った電力をそのまま東へ送るということはできず、

周波数を変換する必要があるそうです。

西と東の境界線は、糸魚川静岡構造線にほぼ沿っているのですが、

これは、新潟県糸魚川市の親不知から諏訪湖を通り、

静岡市の安倍川に至るまでの大断層線のことだそうです。

周波数を変換することができる施設は、日本に3ヶ所あります。

静岡県浜松市の、電源開発株式会社 佐久間周波数変換所。

静岡県静岡市の、中部電力 東清水変電所。

長野県東筑摩郡の、東京電力 新信濃変電所。

この3ヶ所で変換し、融通できる最大電力は100万kW(おそらく1日)。

そのため、いくら西側で電力が余っていても、

そのまま東側へ送電することができないのですね。

電力周波数の違いというやっかいな問題。

先日、友人達と集まった時にも話が上がったのですが、

「なぜ、東日本と西日本で電気の周波数が異なるのか?」

これは、明治時代に、関東では東京電燈が50Hz仕様のドイツ製発電機を、

関西では大阪電燈が50Hz仕様のアメリカ製発電機を採用したことによります。

ひとつの国の中でこれだけきっちりと周波数が分かれていることは極めて珍しく、

第二次世界大戦直後、復興に合わせて商用電源周波数を統一しようという

動きがあったようなのですが、復興が急速に進んだため、

実現がほぼ不可能になったとされているようです。

一国に異なる商用電源周波数が存在することで、

日本の電気工業技術は世界的に高められたと言われているそうですが、

今回のような大規模災害が起こってしまうと厄介な問題となります。

以前は、西と東で電化製品を使用する際には周波数が異なるので

気をつけなければならないといわれていました。

周波数が異なっても使用できるのは、

テレビ、ラジオ、ビデオデッキなどの音響・映像機器、

パソコン、照明器具、掃除機、

トースター、電気コタツ、電気毛布などの電気抵抗を利用した熱機器。

性能が変化するものは、

冷蔵庫、扇風機、エアコンで、

50Hzでは能力が落ち、60Hzでは消費電力が若干大きくなる。

しかし、インバータ(直流電力から交流電力を電気的に生成する電源回路)を

内蔵している機器では性能の変化は起こらないそうです。

使用できなくなるもの(インバータを内蔵している機器は除く)ですが、

レコードプレーヤー、テープレコーダーは再生スピードが変化。

電子レンジでは50Hz用を60Hzで使用すると焦げたり、

その逆では内部機器が加熱焼損し危険。

洗濯機では脱水時の回転数が高くなりすぎ、

蓋を開けた時のブレーキの危機が悪くなり危険。

しかし、最近の電化製品は、高効率化・低消費電力化を目的に、

前述のインバータを内蔵している電化製品が多いため、

製品の表示や取扱説明書に「50Hz/60Hz」と記載されていれば、

そのまま使用できるか、切り替えスイッチがあるようです。

計画停電圏内の動物病院の先生のお話を聞くと、

停電に合わせて手術を行う日を調整されたり、

半日の診療を休診とせざるを得なくなる等、

色々とご苦労があるようです。

こちらでは計画停電のない毎日を過ごしておりますが、

やはり皆様のご苦労を思うと、いつも通りとはいきません。

僅かながらでも助力となれば、と思っております。

福島原発で復旧作業にあたられている方々は決死の覚悟だと思います。

作業員の皆様のご無事を心よりお祈り致しております。

電力の復旧と、放射線による被害の収束、

そして、1日でも早く被災者の皆様が平穏な日々を取り戻せるよう願うばかりです。

3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震は想像を絶する被害となっています。

被災された方々にお見舞いを申し上げるとともに、

亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈り致します。

地震発生時刻の午後3時頃、私は神奈川県にいたため、

地震を体感することとなりました。

麻布大学付属動物病院の5階で研修を受けていた時に地震が発生したのですが、

柱や壁に寄り添ったり、机につかまっていないと立っているのが困難なほどの揺れ。

ニュージーランドの地震で日本人の語学留学生の方々が亡くなられた、

CTVビルの倒壊が脳裏によぎり、

咄嗟に建物の構造の中で強度の強そうな部分を探しました。

今まで経験した地震の中で最も恐怖を感じました。

すぐに鹿児島の家族に携帯電話で連絡をするも、

発信音もならないため、連絡をとることができませんでしたが、

約20分後にやっとつながりました。

停電することもなかったため、そのまましばらく研修を続けましたが、

度々起こる余震に不安を感じました。

ユラユラ揺れているように感じるのですが、

地震で揺れているのか、

揺れの影響で自分の三半規管がおかしくなっているのかがわからないようになっていました。

午後5時まで開催される予定だった研修を早めに切り上げ、

その日の鹿児島行き最終便の飛行機に乗るため羽田空港へ向かおうと思ったのですが、

TVがない場所にいたため被害の甚大さと交通機関が麻痺していることを知りませんでした。

麻布大学に近い矢部駅へ友人のH先生の車で送ってもらうも、

電車は動いておらず、駅構内は電気が消えており、

駅員の姿がありませんでした。

自動改札も停止しているため、人が自由に出入りしている状態。

電車が動いていないため、

町田駅のバスターミナルから羽田空港行きのリムジンバスに乗ろうと、

そのまま町田駅まで送ってもらうことになったのですが、

町田駅に近付くにつれ、信号機は動いていないため警察官が誘導したり、

コンビニエンスストアや店舗の電気が消えているのを見て、

停電になっていることに気が付きました。

ゆか先生にバスの運行状況や飛行機が飛ぶかを確認してもらいたくて連絡するも、

携帯電話がつながるのは6回に1回程度。

つながっても、ゆか先生がネット検索しても情報が表示されないため状況がつかめず。

ゆか先生にTVで流れる情報を伝えてもらいながら町田駅へ着くも、

バスが動いている様子はなく、

バス待ちの人たちの長蛇の列ができているのを見てバスも断念。

そこでH先生が横浜町田ICから羽田空港まで送ってくれるといってくれたものの、

そこから先がかなりの渋滞となってしまいました。

その間に都内で開業されているM先輩に連絡をとってみたところ、

電車がほぼ全線ストップ、高速道路も通行不可、一般道も首都圏は大渋滞、

飛行機の出発時間までに羽田空港まで辿り着く事は不可能な上、

羽田空港も飛行機の離発着をしていないとのことを聞き、

羽田空港まで行くことを諦めました。

その日はH先生宅に延泊させてもらったのですが、

翌朝、携帯電話から聞いた事のない警報音が鳴り響いて飛び起きました。

携帯電話を見てみると、

”緊急地震速報エリアメール”というものが届いていて、

「栃木県で地震発生。強い揺れに備えて下さい(気象庁)」との文章。

このあと、神奈川県、長野県で地震が発生したため、

2回にわたり同様のメールが送られ、警報音が鳴りました。

地震による被害が想定される範囲にいる人の携帯に、

無差別で送信されているのかと思ったのですが、

H先生の携帯電話には送られてきていなかったようでした。

翌日の朝に動き出した電車で羽田空港まで移動することに。

空港内に足止めされることを考え、

コンビニエンスストアに行き、おにぎり、ウィダーインゼリー、チョコレート、お茶を購入。

お弁当は全く並んでいませんでした。

前日の夜に帰宅できなかった方々が購入し、

その後補給されないままになっていたものと思われます。

海老名駅から横浜駅に移動し、

横浜駅から京急線で羽田空港へ向かおうと思ったのですが、

羽田空港への特急列車が運行しておらず、

京急蒲田で乗り換えて羽田空港へ。

ほぼ滞ることなく空港までは来れましたが、

空港内は予想通りの大混雑。

航空券の振り替えのために、9:30に長蛇の列に並びました。

カウンターに辿り着いたのは2時間後。

しかし、プレミアムクラスの列は20分ほどだったようなので、

この時はさすがに羨ましく思いました。

16:30発の飛行機に確定予約をとれましたが、

それ以前に出る飛行機への空席待ちもできるとのこと。

一番近い時間の飛行機が12:15発だったので、

この飛行機の搭乗口で空席待ち案内のコールを待っていると、

運良く名前が呼ばれ、乗ることができました。

左右3列の飛行機で、満席かと思いきや、

意外と何席か空いていました。

鹿児島空港に到着し、やっと一安心しました。

日が経つにつれ、行方不明者の数は増加し、

福島の原発事故も被害が拡大しています。

出来るだけ早く一人でも多くの方が助かり、

少しでも早く平穏な日々に戻って頂くことを祈るばかりです。

被災された方々はもちろんですが、

救援に赴いている自衛隊員、各国のレスキュー隊、

福島原発で作業をするスタッフ、報道関係、

その他みんなみんな、大変だと思いますが、

二次災害に遭われないよう、諦めずに励んでほしいと思います。

文字だけの長文、読んで頂きありがとうございました。

写真を挿入しようとアップロードしましたが、

回線が混雑しているためか、今回は写真挿入できませんでした。

また後日、アップしたいと思います。

この記事もアップできるのかわかりません・・・。

いけたかな?